1.創業のきっかけはキャンディレイ

沖縄が本土復帰した3年後の1975年、「沖縄国際海洋博覧会」のアメリカ館でブースを持ってみませんかと案内をうけ、2万5千円のおこずかい程度の資金と「夢」を資本に、ファッションキャンディはスタートしました。

色鮮やかなセロファンでお菓子やおもちゃを包んだ、ファッションキャンディ最初の商品となったキャンディ・レイは、小さな子どもたちのプレゼントや沖縄のお土産として、製造が追いつかないほどの大ヒット商品となり、キャンディ・レイの誕生から4年後の1979年、有限会社ファッションキャンディを設立しました。
モノをつくっていく過程が好きな創業者・知念は、単に商品を 仕入れて販売するのではなく、次々と新しい発想によって、企画を考え製品化。新しい沖縄のお土産として、多くの製品が誕生しました。

2.ファッションキャンディを設立

夢をたっぷりつめこんだ自社製品で、業績を延ばし、着実に経営基盤を固め、1989年、その地位を決定付ける大きな転機 が訪れました。それは、チョコレートの製造でした。

沖縄特産のパイナップルやマンゴーなど、トロピカルフルーツをイメージさせる、色彩豊かな沖縄にちなんだ、リゾート感溢れるトロピカルチョコレートを次々と商品化しました。
〈当時を振り返って〉
小さな頃から、沖縄には身近なところに「アメリカ」があって、色とりどりの輸入チョコレートにずっと憧れをもっていたんです。そんな時「沖縄にもチョコレートのお土産があれ ば」という、お客様からの要望もあり、アメリカともヨーロッ パとも、本土とも違う、沖縄が持つ光や風、自然や文化の豊かさを取り入れた独自のチョコレートを作りたいと、チョコレートをこよなく愛する一人として、その製造に踏み切りました。

3.琉球エレガンスへの想い

お菓子づくりを通して、琉球の香り高い菓子文化、琉球エレガンスを表現したいと1993年、琉球王朝時代より伝わる宮廷菓子ちんすこうの製造を開始。伝統のおいしさをそのままに、独自のレシピを開発し、1995年、“琉舞ちんすこう”が那覇市長賞最優秀賞、沖縄県優良県産品の推奨を受けました。

そして、本当に美味しいちんすこうとチョコレートづくりへのこだわりと情熱が実を結び、3年後の1996年“ちんすこうショコラ”が誕生。2000年に開催された九州・沖縄サミット首脳会合や、沖縄ブームも相成って、時代の追い風を受けるように、その知名度も上昇しました。
2001年12月、沖縄県産業振興公社から将来有望な企業として「事業性評価企業」に選定され、翌2002年、伝統的な沖縄の菓子に創意工夫を加え、観光客の需要・し好にあった製品づくりと独自の商品開発でブランドを確立したことが高く評価され、独創的な企業経営で産業振興に貢献している企業を沖縄県が顕彰するビジネス・オンリーワン賞を受賞しました。

4.商品づくりへのこだわり

ファッションキャンディでは、常にお菓子づくりの技術向上のために、お菓子の本場ヨーロッパ、フランス国立製菓学校へ製造部のリーダーの派遣や各地の店舗めぐりなど、本場での経験や技術の習得によって、新たな商品開発へ活かしています。

その意思は、浦添工場にも引き継がれ、美しさへのこだわりと同様に、安全性にも徹底的にこだわり、現在、年間120トンのチョコレートを原料に生産。亜熱帯気候の沖縄の地で、チョコレートづくりは無謀とまで言われながら、決して夢を諦めず、様々な困難に立ち向かって行った知念。そんな知念にとって、商品を開発するうえでのバイブルともいえる、一冊の本があります。その本の名は、『朝鮮・琉球航海記』。ペリーが日本に上陸する37年前に、沖縄に来て琉球の先人たちと交流したバジルホールの航海記で、当時、季節風の影響で船が難破したバジルホールたちを、沖縄の先人たちは、みかえりを求めずに手厚くもてなしたことなどが描かれ、礼儀正しく文化的な先人たちのDNAを受け継いだ一人として、その勇気や誇り、琉球エレガンス香る新しいお菓子づくりの扉を開かせてくれました。そのバジルホールの想いに導かれるように、新しいテイストのスイーツを商品化。

5.ファッションキャンディの未来

お菓子づくりへのこだわりを多くの人に知ってもらいたい。そして、お客様の生の声を感じ取りたいという想いから、宜野湾本店と那覇メインプレイス店を展開しています。

古くから受け継がれてきた、ウチナーンチュとしての、人を思いやる心や美しい自然を美しいままに、モノづくりに活かせる匠の技。沖縄の自然や文化は、計り知れない大きな可能性を秘めています。私たちは、その沖縄の持つパワー、琉球エレガンスの想いを、これからも商品開発に活かしていきたいと考えています。
2008年制作 会社概要DVDより抜粋